技術者派遣(エンジニア派遣)業界におけるM&Aには特有の要点があり、売り手・買い手共に意識して手続きを進める必要があります。
この分野で多数の案件を担当してきたLBPF堺が、業界の概況と、M&A実施におけるチェックポイントについて解説します。
1.技術者派遣業界の概況
技術者派遣業界は、少子高齢化による人手不足に加え、IT・建設業を中心とした需要高止まりを受け、業界主要企業を中心に業績拡大が続いています。
データ引用:各社IR資料より
他方、仕入側となる人材採用においては、厳しい状況が続いています。
コロナ禍により一時的に求人倍率は低下したものの、足下では以前の水準に戻りつつあります。
IT系(約10倍)、建築土木系(約5倍)を始め高い水準で推移しています。
また、昨今ではリファラル採用の浸透やフリーランス志向の高まりから、転職市場で経験者を獲得することは一段と難しくなり、採用コスト増(求人・待遇面)による採算性低下は業界内共通の課題となりつつあります。
こういった背景から、M&Aは人員確保の有力な手段として活用されており、企業規模を問わず事業承継や買収が活発に行われています。
データ引用:doda(デューダ)転職求人倍率レポートより
データ引用:Lancers フリーランス実態調査 2021より
2.技術者派遣業界のM&A動向と事例考察
コロナ禍の中でも、技術者派遣業界ではM&Aのニュースが報告され続けています。
業界全体のM&A動向としては、最大手級が海外人材派遣業の買収に取り組む一方、準大手・中堅クラス企業も多く国内M&Aの買い手となっていることが特徴として挙げられます。
最大手企業による近年の海外M&A事例
アウトソーシング | Integrity Networks, Inc.(米国、2021年7月)
California Pacific Technical Services LLC(グアム、2021年4月) Cpl Resources plc(アイルランド、2021年1月) |
テクノプロ・ホールディングス | Robosoft Technologies Private Limited(インド、2021年8月) |
夢真ビーネックスグループ | L&A INVESTMENT CORPORATION(ベトナム、2019年1月) |
ここでは、最大手以外の企業による2件の国内M&A事例を取り上げ、動向を読み解きます。
①株式会社Success Holdersによる株式会社P&Pの買収(2021年4月)
株式会社Success Holders(JASDAQ上場、エンジニア派遣、メディア事業等)による株式会社P&P(システム開発・派遣等)の買収が2021年4月27日に発表されました。株式会社P&Pは直近期の売上高3.5億円であり、同社ホームページによると従業員数は22人規模とのことです。
Success Holderによるプレスリリースによると、「ポストコロナにおいて発展性のある事業・業種」と位置づけ今般のM&Aを決定しており、今後もIT技術者派遣事業の発展性を見込んでいることが推察されます。
②三陽工業株式会社による株式会社極東ブレインの買収(2021年12月)
三陽工業株式会社(非上場、製造業・製造派遣)による株式会社極東ブレイン(機械設計・電気設計の技術派遣等)の買収が2021年12月9日に発表されました。株式会社極東ブレインは1982年設立、従業員数は46人(2021年2月現在)とのことです。
三陽工業のプレスリリースによると、CADと設計に関する強みを持つ極東ブレインとの事業上の親和性を見込んでいると読み取れます。
この事例のように、設立後30~40年が経過し経営者の代替わりが進む中で、大手資本に参加しその後の発展を図るケースが多いのも、技術者派遣業界のM&Aで昨今増加している様態と言えます。
3.技術者派遣業のM&Aにおける売却側のチェックポイント
技術者派遣業の経営者様が株式売却を検討する場合のポイントを解説します。
ここで挙げる点で何らか不安点がある場合、事前に解消ができるかを検討することをお勧めします。
①採用コストの増加に伴う適切な売価転嫁の進捗
前述の通り、業界全体として人材確保難・待遇改善によるコスト増の動向が業界全般に見受けられます。
人材不足は当業界のみならず日本全体の課題と言えます。
顧客との価格交渉によりコスト増加を適切に転嫁し、持続可能な経営状態を保つ努力を行うことが、M&Aや事業承継を円滑に進めるポイントとなります。
②派遣業務上の適法性
人材派遣業は、2018年に許可制に完全統合されたことなど、法制面やコンプライアンス面の対応が進みつつあります。
その背景には、かつては多重派遣や偽装請負など、法令上問題がある慣習が業界内に横行した反省があり、現在は上場企業を中心に適法性は重視される状況にあります。
第三者監査を受けない中小企業においては図らずも旧来の問題がある体制が残存している場合があります。
M&Aの場になり法務面の不安がネックとならない様、業務フローや契約書などを現行制度に照らして事前整備する必要があります。
特に出向や準委任契約の運用は論点が生じやすいポイントです。あらかじめ労務・法務専門家の意見を受けながら早期に適法性を確認・是正していくことをお勧めします。
③完成責任を負う請負業務の適切な管理体制構築
技術者派遣業会社では、派遣契約を基本としつつも、一部業務を請負形態で契約している会社は少なくありません。
時間単価で稼働分の報酬を得る形態とは違い赤字化リスクを負う形態ですが、プロジェクトマネジメントを含め、適切に管理できる体制・人員が整っていれば、買い手にとっては魅力的なポイントにもなり得ます。
請負業務を行っている場合で、直近で見積工数オーバー等による損失が発生している場合、時間単価契約への移行や見積もり精緻化等、何らかの対策をしておいた方が好ましいと言えます。逆にそのような事象がなく少なくとも数年間に亘り安定的な案件運用ができていれば、アピールできるポイントと考えられます。
④営業、現場対応等業務の権限委譲を進める
売却後に引退を検討される場合は、ご自身がいなくても現在の取引が継続できるよう権限移譲を進める必要があります。
4.技術者派遣業のM&Aにおける買収側のチェックポイント
逆に技術者派遣業の会社を買収する会社様が検討するべき、業界特有のポイントを解説します。
①所属技術者の契約単価、稼働率、技術分野(専門性、転用性)
技術者派遣業はその事業の特性上、人員の特性が事業性の大半を占めています。
そのため、技術者ごとの採算性や技術分野、年齢などは細かく検査する必要があります。
専門性の高低は基本的には契約単価や稼働率に表れます。但し、特定取引先への依存度が高い場合や交渉を積極的に行っていない場合などでは、適正金額よりも低く評価されている場合があります。買収調査においては、技術者のスキルシートを入手して個別に調査(ヒューマン・デュー・ディリジェンス)を実施し、併せて商流に関する調査を行うのが好ましいと言えます。
②売上高・人件費マージンに関する調査
前述のように、技術者の採用コストは上昇しつつあります。マージン率が低下しつつある会社については、交渉状況など商流の確認を行う必要があります。
また、所属技術者の転用性が低い(いわゆる潰しが効かない)場合、仮に既存取引先が失注するとマージン率が急落する可能性がありますので、注意が必要です。
③既存取引先とのリレーション・キーマンの存在有無
技術者派遣業の多くの会社は、従業員の大部分が技術者で占められる組織であり、営業体制は最小限となっていることが少なくありません。
そのような中で既存取引先とのリレーション上、失ってはならないキーマンとなっている営業員や役員が存在する可能性があります。
事前に案件獲得フローなどを確認し、必要に応じてキーマン条項をSPA(株式譲渡契約)に盛り込むなど検討する必要があります。
5.最後に
技術者派遣業界はM&Aが活発な業界の一つです。
現経営者様としては多数の可能性を検討する余地があり、逆に買収を検討される企業様には競争が増す状況でもあります。
当社は技術者派遣業のM&Aについて多数の知見を有しており、業界特有の論点についてもサポートが可能です。
M&Aも一つの選択肢とされる場合、業界動向も含めてご案内させていただきますので、これを機にご検討されてみてはいかがでしょうか。
ご不明な点等やご質問、ご相談等ございましたら弊社問い合わせフォームまでお問合せいただけますと幸いです。
LBPF堺(アライアンス・パートナー)
国内大手システム・インテグレーターにおけるIT関連業務の経歴を経て、LBPFに入社。
LBPFでは仲介、FA、財務デュー・ディリジェンスの各業務で実績があり、過去経歴を生かしたIT・技術者派遣業分野におけるM&A案件に強み。
2020年より独立し、現在はアライアンス・パートナーとしてLBPFと協業するとともに、独自でITプロダクト開発と金融財務に関するコンサルティング及びWebメディア事業を運営。
運営メディア:https://docs.sakai-sc.co.jp/
会社ホームページ:https://www.sakai-sc.co.jp/
<主な事業領域>
・IT業界
・人材派遣業界
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